大奥の洗礼
まだ少し肌寒い風が吹いて澄んだ青空が気持ちの良い3月の終わり、私は陽の良くあたる長い縁側で煙草を吸いながら、引っ越しのトラックを待っていた。
結婚して一年目、ずっと大学の非常勤講師を掛け持ちしながら研究を続けてきた夫がようやく就職を決めた。ただその場所は長く暮らしてきた東京ではなく、とある日本の地方都市だった。当時フリーの広告クリエイターとしてバリバリ働いていた私はこの期に及んですら、東京を離れたくなかったという気持ちが強くて、大好きな引っ越しと言うのにテンションは低かった。
借りたのは築32年、当時の私と同い年の5LDKの一軒家だった。見学した際、その家は家主が亡くなってから数年誰も住まない状態だったようで、所々床や畳が腐って抜け、庭がかなり荒れていた。
紹介する不動産屋さんさえ現物を見て
『すみません…ほんとに僕、こんな状態だって知らなくて…』
と難色を示し苦笑いしてるこの物件を夫はひと目で気に入り、興奮気味に
『人生でもうこんな広い家には住めないかもしれないよ!手をかけて住もうよ!』
と言い出した。
確かに細部をよく見ると縁側と二階の窓のサッシ以外は趣ある木枠とすりガラスの窓で、ステンレス製の追い焚きの風呂に懐かしいランダムな丸型のタイルが張られ、南向きの広い庭に向かって長い縁側があって、まるでサザエさんの家の様だった。
不動産広告を専門にし、年間何百と言う物件を見てきた私には亡くなった家主がどんなことを考えてこの家を建て、大切にしてきたお家なのかが分かった。実のところ都会育ちで鉛筆でしか戦えない夫にリフォームは無理であり、手をかけるのは私だけと分かっていたが、念願のワンちゃんとの暮らしをにんじんにぶら下げられた私は、縦に首を振ってしまった。
引っ越しが決まると大家さんが『新婚さんが住んでくれるなら!』と言い予算を奮発し、落ちかけた床と畳を全て新しく入れ替え、クリーニングを入れてくださったので、鍵を受け取る頃には、家は以前と見違えるほど綺麗になっていた。
家具が届く前にと隅々水拭きを始めると、前の家主さんの暮らされた32年の歴史が見えてきた。
家主さんが日々丁寧に使われていたであろうことが分かる水回りは、施工が丁寧で作りがどれもしっかりとしていて、年月を経ても少し手を入れただけですぐピカピカになった。
築32年を支える立派な大黒柱には子どもたちや孫の成長を測った傷が残り、電話線の引かれた柱にも、小児科や学校、酒屋など年代ものの電話番号シールが張られていた。私はそれを見つけるたび、愛おしくて、一層同じ年のこの家が好きになり、引っ越しに対して暗かった気持ちが明るくなっていった。
水拭きの最後は仏壇があったであろう場所をどこよりも丁寧に拭き仕上げた。そして東京から持ってきた菓子折りと駅で買った地ビールをそこに置いて
『ありがとうございます、お借りします。よろしくおねがいします。』
と正座し手を合わせた。
時間指定した荷物のトラックは予定より少し早く10時前に到着した。
独身時代に中古屋で買った、古いけど3段あって一番下が冷凍の大きな冷蔵庫は、まるで昔からそこにあったかのようにびったりキッチンに収まった。
夫はグレーで脚なしの方が良いと言ったが、私があの家には脚付き緑色が似合うと言い張り買った新品のソファーは、置いてみると大正ロマン調で、古いこの家にやっぱり似合っていた。
学会で引っ越し不参加の夫に代わり、ニトリの配達の方にオプションで家具の組み立てまでをお願いしていたので、大量の本をしまうための本棚をいくつか組み立ててもらった。おかげで本以外荷物の少ない夫婦ふたりの引っ越しは半日足らずで、何とか大方住めるまでに片付いた。
お昼を買おうと近所を散歩がてらコンビニやスーパーを偵察し、ご当地カップ麺を買って心躍らせながら新しい我が家に帰ると、あるご夫婦が障子を開けていった玄関わきにある客間の窓を覗き込んでウロウロしていた。
正直怖かったが、日も高かったので
『あ…あの…』
と恐る恐る声をかけると
『あ、ここに今日引っ越しされて来た方ですか。私この地域の町内会長です。』
と分厚い眼鏡をされた奥様の方が話し始めた。
『あ、そうです、東京から来ました〇〇です、よろしくお願いします。』
と言うとそこから、どこから来たか、職業は何か、子供はいるか、出身地はどこか、矢継ぎ早に奥さんがいくつもの質問してきた。彼女はそれを小さなメモ帳に読めるのか不安なくらい小さな文字で書き留めていた。
地方都市と言っても、ここは田舎なのだ。田舎を出て東京で一人暮らしが長かった私は、この感覚をすっかり忘れていた。うちの田舎でもそう、よそ者はエイリアンなのだ。
その後ゴミ掃除当番や町内会費の説明をされて申込書に記入を求められた。するとようやく口を開いた旦那さんが
『この家は4丁目の○班になるんだけど、全部でお家が9軒で半分が高齢のおばあちゃんなの。この家の裏のおばあちゃん、一人暮らしだから、たまに声をかけてあげて。』
とか細い、かすれた声でいった。
私は彼の顔をみて
『はい。』
と答えたが、彼はそのとたん目を反らした。
申し込みを渡してもなかなか立ち去らない二人にあ、あ〜そういうことかと
『これ、つまらないものですが…』
と用意していた引っ越しの挨拶の品を段ボール開けて出し、渡すとやはり正解だったようだった。奥さんは目の前で包みを開け
『あら、良いタオルだわ、親御さんはしっかりされてそうね。』
とボソッとつぶやくように言い、分厚い眼鏡の奥の目が初めて笑った。
縁側でご当地カッブ麺を食べ終え、一服し、午後は家具の配置を変えながら右往左往していたところ、近所の人と名乗る方が次々訪ねてきた。引っ越しの挨拶は夫と合流してから行こうと思っていたのだが、まさか相手から出向かわれるとは。おかげで本当にご近所さんかすら私には分からず、訪ねてきたお宅の数は同じ班と説明された9軒を2時間で超えていた。
呆気に取られながら次々に引っ越しの挨拶の品を渡していたら足りなくなってしまい、新居用に買っていた『もうちょっと良いタオル』に手を付けるしかなくなった。
涙目になっているそこへ、また一人の奥さんが訪ねてきた。後ろ髪引かれる思いでそのタオルを袋にいれ、玄関に向かうと
『今日の3時にそこの公民館に来てください。婦人会の面談がありますので…。』
と言われた。
婦人会の面談?????
何だ何だ何だ???面談????
そしてタオルを受け取った奥さんはやっぱり目の前で中身を確認したあと、小声で
『菓子折り持ってきてね。これここで生きてく、あなたのためよ。』
と言って去っていた。
私は ”はぁ〜〜〜〜” と大きなため息をついた。こういう田舎の空気が嫌で東京に住んだというのに、と。重たい頭を上げて時計を見ると既に2時45分だった。こうやって人の力量でも試しているんだろうか。菓子折りなかったら買いに行かなきゃいけないよね、と思いつつ、段ボールから夫の職場用に買ってあった菓子折りを出し、軽く化粧をすると渋々私は公民館へ向かった。
公民館につくと『え?この町内のどっから湧いたの?』と言うくらい大勢の女性が入り口にたむろしていた。私は『この人数には足りないよ、お菓子〜!!』と思いながら入口に立つ一人の女性に
『引っ越してきた〇〇です…』
と声をかけると
『到着されました~~~!』
と彼女はびっくりするくらいの大声で中に向かって叫び、対照的に小さな声で私に
『どうぞ、お入りください。』
と言った。
私は頭を低くしひとりひとりに
『はじめまして。』
と言いながら靴を脱ぎ、公民館の中に入った。15畳ほどのホールにまさに ”ボス” って言われそうな女性7人がすでに座っていて、その横のテーブルにお付き人らしき女性が座っていた (後に彼女は書記と判明、以下書記さん)。
書記さんが私に手を差し出してきたので私が戸惑っていると入口の方から小さな声で
『菓子折り菓子折り…』
と言う声が聞こえた。私は慌てて持ってきた菓子折りを袋から出し、彼女に手渡した。
皆が正座する中、真ん中に一人だけ椅子に座った上品なおばあさんがいた。”ボスの中のボス” だと言うことは初見の私にもすぐに理解できるほど、ラスボス感あるオーラが出ていた。
後にこのボスの中のボス=重鎮(以下彼女は重鎮)とは因縁の関係を経て、数年後『クソババア』『愚か者』と笑って憎まれ口を互いに言えるようになるのだが、それは別の機会に書くとして、その右脇にはさっき夫婦でやってきた町内会長の奥さんが陣取っていた。
『皆様、宜しいですか?』
彼女はそう言うと小さいメモ帳を出し、さっき私から聞き取ったプロフィールを皆に説明し始めた。『このためだったの〜?』という驚きと品定めされているこの空気感に圧倒された私の戦闘能力はすでに0、心は白旗を上げていた。
会長さんの奥さんによる私の説明が終わると重鎮がようやく口を開き
『これで間違いない?』
と私に聞いた。私は
『間違いないありません。』
と答えた。
『旦那さんのお仕事はしっかりされているから問題ないわね。あなたはお仕事されるつもりはあるの?』
と聞かれ
『はい、自宅で仕事をするつもりです。』
と答えた。次に
『大学はどこを出てらっしゃるの?』
と言われ、どうせ調べることも無いだろうからと中退した大学の名前を答えた。そんなに知名度のない大学なので、皆反応に困っていた中、重鎮は空気を変えるどストレートな質問をしてきた。
『あなた子どもを作る気はあるの?』
ここまで来るともう私は怒りも通りこして大笑いしたくなってきた。
今、21世紀ですよ?セクハラ、パワハラ、マタハラって知ってます??
という言葉を飲み込んで
『こればっかりは運なので…』
と当たり障りのない答えをヘラヘラ答えると
『あなた、日本の現状を分かってますか?少子化はいずれあなたが私の年になった時にあなたが困るのです。』
と冗談ではなく真剣に、どちらかというと、ちょっと私を諫めるように重鎮は言った。
『ね、会長。』
と重鎮が同意を求めると
『その通りです。』
と右脇の女性は深く頷いた。私はあ、旦那さんじゃなく彼女が町内会長なのね、納得と思った。
ああ、きつい。もうどうしようもないと思ったその時、書記さんが
『頂いたお菓子をお配りしますね。』
と場の流れを変えてくれた。すると待ってましたとばかりに外に立っていた女性達がササッとお茶を持ち込んだ。そのための人達だったのかと私も立ち上がろうとしたが、足が痺れて無理だった。困った私が様子を見つつキョロキョロしてると私の後ろを歩く一人の女性が忍びの者のように
『お茶、口付けて、今日のお礼を言って…』
動きを止めず、すれ違う瞬間私の背後でささやき、そして歩き去った。
私は『忍びさんほんとにありがとう』と勝手に心で叫びながら
『お茶美味しいです。本日はお時間をありがとうございました、これからお世話になります。よろしくお願いします。』
と言った。
すると重鎮はゆっくり私の顔を見降ろして
『お世話、はここに暮らす以上お互いがお互いにするものです。この地を知り、この地を愛し、この地に暮らす人を大切にすればあなたも大切にされます。頑張りなさい。』
と私の目をしっかり見て言った。この時の私は蛇に睨まれた蛙を体現していた。
『はい。』
となんとか声に出して言うと、重鎮は頷きながら席を立ち、続いて6人がその後に続いて席を立った。外にいた奥さま達が次々に頭を下げ全員を見送る姿はさながら江戸時代の大奥みたいだと思った。
重鎮たちが道路の角を曲がり見えないことを確認すると、書記さんが私の前に来て、両手を顔の前で合わせ
『本当にごめんねぇ、驚いたでしょう。ほんと、私達もみーんなびっくりしたんよ、時代錯誤で(笑)。失礼なこともたくさん言ってごめんね。』
と言ってきた。後ろで忍びさんや多くの女性がうんうん頷いていた。
この時の私は声が出ず、もう誰も信用すまいと、隙を見せないよう引きつった微笑みを返すのが精一杯だった。皆で使った食器を洗い、掃除機をかけ、床を拭く間、言わゆるこの『顔見世』のルールを書記さんが教えてくれた。
菓子折り必須、きちんとして高すぎない服装、敬語の使い方など、皆さんの過去の失敗から積み上げたデータがそこにはあった。また後の人が大変にならないよう、特別なことも控えたほうがいいとも教えられた。
次に忍びさんが
『次からはエプロンしてくるか、持参でくるといいわよ。』
と教えてくれた。そして
『縁側で煙草すうのやめなさいね(笑)。ここは田舎なの。特に子供作れって言われたからね。』
と私の耳元にささやいた。私の心底引いてる様子に彼女は苦笑いしながら
『外から来た人はみんなに見られるんよ、私もそうだった。娯楽なんよ。』
と鞄の中に入った煙草の箱をそっと私に見せた。そして
『ここに慣れるには3年はかかると私も他の家のお嫁さんに習ったの。無理しないで。あなたはお嫁さんじゃないから、なんなら関わらないようにしてもいいし、無理に仲良くしなくてもいい。あなたはここでずっと生きてくことはないのだから。選べることも忘れないでね。』
と真剣な顔で言った。
帰ってきて玄関を開けると、江戸の大奥から舞い戻ってどっと現実感が迫ってきたためか、疲れがこみ上げた。新しい畳の匂いのする新居はまだ私に他人行儀だったが、それでも私は扉で区切られた自分だけの空間にいられるだけで心底ホッとしていた。
冷蔵庫からビールを取り出した時、忍びさんの言葉を思い出した。私は縁側に置くために買った椅子をキッチンに運び座ると、ビールを開け、煙草に火をつけた。さっき近くの自販機で間違って出てきたセブンスターの煙草はことのほか重くて、思考停止した脳みそがクラクラした。
『あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜~~!』
私は気が付くと大声で叫んでいた。
一日も早くここから立ち去ろう。ここの人とは関わらない。私はまだ新居に来てもいない夫に電話して、その決意を告げたのだった。
しかし私はこの先5年の間ここに暮らすことになり、ここに慣れるには3年かかるを体現し、そして引っ越す時には寂しくなって泣いてしまうほど、この町と、この町の人が、好きになっていくのである。
(続く)