「今日の最初の一杯はどこで楽しもうか。」
先週引っ越した町にはアーケード商店街が駅前に大きく2つ、その脇道には酒飲みにはたまらないお店が大挙している。
たまたま仕事でこの町に訪れたのが始まりだった。夕方、各路地から美味しそうな香りがし、年齢問わず人々の笑顔が行きかっていた。そんな駅前に惚れ、部屋を見つけるより先に、僕はこの町に暮らすことを決めたのだ。
そして今日がここで過ごす最初の金曜、夕方。
一件目は決めていた、「焼き鳥 鳥昌」。
部屋を契約した不動産やで美味しい居酒屋を聞いた際、従業員の誰もがこの店の名前をあげた。焼き鳥鳥昌はアーケードを抜けたすぐのところにあった。夕方の商店街を堪能しながら店に向かうという、理想的な順路もポイントが高い。
店前に着くと煙とともに肉の匂いをこれでもかと浴びせる入口、外から焼き場が見えるスタイルの店構え、ドアがガラスなので店内が程よく見えるのも一見にはありがたい。
早めに仕事を切り上げ直帰し午後5時には店に着いたが、もうすでにほとんどの席は埋まっていた。通りの夕方の風景とその通りに響く店の賑やかさのマッチングがたまらなく良い。
「いらっしゃい!おひとりさん?カウンターでいいかしら、はいはい、まるちゃん、お隣良い?」
すぐにおかみさんらしき方が声をかけてくれた。
席に座りながら中生を頼み、メニューを見始めると
「兄さん、初めてだろ?」
とおかみさんがまるちゃんと呼んだ隣のおじいさんが話しかけてきた。
「あ、はい。先週近所に引っ越してきたんです。」
「やっぱりな。ここじゃ最初に串を頼まないと。この時間は多少かかるぜ。」
「え!そうなんですね!しまった~~。」
メニューを慌てて見る僕に
「はい、おまたせ~。」
と、おかみさんが霜のついたキンキンに冷えたビールジョッキを運んできた。一瞬でビールに心奪われる。念願の一杯目だ。新しい町での始まり、乾杯したい。
僕は話しかけてくれたおじいちゃん通称まるちゃんに
「お疲れ様です、乾杯!」
とジョッキを傾けてみた。まるちゃんは
「おう!乾杯!」
と笑顔で応じてくれた。
うまい、うまい、うまい、うまい~~~~。
心の中で絶叫したところでまるちゃんがスーッと自分の串もりを僕のほうへ寄せた。
「食えよ、またすぐおかみさん捕まえるのは、新人には至難の業だ。」
「良いんですか?」
「野暮なこと聞くな、食え食え。俺もさっき来たところだから焼きたてだ。」
「ありがとうございます、では、遠慮なく!いただきます。」
スタンダードな塩串を頂く。
優勝。
皮はカリッとしつつ良い油が残り、身は程よく柔らかい。
「美味しいです!ほんとに美味しい!」
と僕が思わず言うと
「そうだろ~~。美味しいだろ!」
と自分の手柄のようにまるちゃんは笑った。
「ところで兄ちゃん、ビールってのは瓶ビールのほうがうまいって知ってるか?」
「え?中身同じなんじゃないんですか?」
「中身は一緒だが、ガスの量が違う。」
「へ~ガスの量が違うと味が違うんですか?」
「おいおい、お前さん生ビールの生の意味も知らねえな。」
「え?つぎたてってことじゃないんですか?」
「ちげーよ。お前さんよくそれで生ビール頼めたな。
生は熱処理をしてないってことだ、様は “ふれっしゅ” だよ。」
「へえ~~初めて知りました。で、なんで瓶ビールのほうが美味しいんですか?」
「それはな、お前さんのその生ビールはあのサーバーからおかみさんが入れただろ。あそこにつながったビール樽は、つないで開けた瞬間から、少しずつ徐々にガスが抜けてちゃうのよ、すると微妙~にな、味が変わっちゃうわけよ。それに比べて瓶ビールはな、飲む手前に栓を抜くだろ、ガスはその時、そそぐ瞬間だけ抜けるわけだから、ビールを作った人の望むさ、安定した旨さを味わえるんだよ。」
「うわ~~知らなかった!!」
と僕が言ったその瞬間、反対側に座ったサラリーマンが笑い出した。
「俺もその説明まるちゃんから聞いた!」
すると「俺も!」「私も!」と声がほうぼうからあがる。
そしてみんな瓶ビールを飲んでいた。
「おい、こいつ最近近所に越してきたんだってよ。みんなよろしくな!」
まるちゃんが僕の肩をつかんでみんなに叫ぶ。
おかみさんが新しいグラスを僕に持ってきた。数分前まで知らなかった人が僕にビールを注ぐ。
この町の僕は始まった。
そしてこの繁盛店では瓶ビールを頼んでくれたほうがお店が助かるっていう、まるちゃんの優しさを知るのは、もう少し先だ。